[fig10]
〈渥美の床〉既存天井に貼られていた天井の野縁材。©403architecture [dajiba]
[fig11]
〈渥美の床〉天井の野縁材を解体することで大きな天井高を確保する。
©403architecture [dajiba]
[fig12]
30mmの厚みで切断された野縁材を床に敷き詰める。
©403architecture [dajiba]
[fig6]
〈渥美の床〉 2011年
©kentahasegwa
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ここまで、石膏ボードの気づきから始まって、建築をつくることとこわすことをマテリアルの移動として捉えることによる思考展開を、移動としての相対化、時間概念の内包、関係性の網への意識という順で整理し、その現在的意義を、鈴木健氏による『なめらかな社会とその敵』に求めた。そうした思考展開の建築における実践の始原として、伊勢神宮における神宮式年遷宮で1300年もの間続けられていたことも言及した。ここからは、その動的な思考展開が今においてどのように実装されるかを、自分たちの活動を通して記していきたい。僕は、2011年の4月に、橋本健史、彌田徹と三人で静岡県浜松市で設計事務所403architecture [dajiba](以下403)を立ち上げ、ここまで丸6年、活動してきた。その間、建築というには本当に小さなプロジェクトを主なフィールドとして30を数える程度展開してきた。

〈1〉 マテリアルの流動
僕たちは、マテリアルの流動を意識して、浜松で「建築」を設計している。建築といっても、寝室の床や美容室の中にある休憩室や、インテリアショップのための家具庫、眼鏡屋の什器を含む内装設計、雑貨屋のためのカウンターテーブル、建築とはとてもいえないほど小さなものが多いということが特徴の一つとして認知されている。しかし、マテリアルの流動ということを意識した時、そのそれぞれのプロジェクトはマテリアルによってお互いが連動し、そうして生まれるプロジェクトの関係性の網そのものが僕たちにとっての建築と呼ぶべきものとして立ち現れるのである。マテリアルの流動とは、建築行為を一生そこに固定すべきコロシ(FIX)行為ではなく、一時的にその場に固定されているという行為として捉えるという前提の下、建築単体を超えたマテリアルのネットワークを設計するためのキーワードである。どういうことか、僕たちのプロジェクトを補助線にして説明していく。
〈三展の格子〉[fig1]というプロジェクトは、浜松市市街地にある美容室のための休憩スペースのためのプロジェクトである。床面積は2㎡。クライアントからは視線が美容室を利用するお客様から遮られていること、飲食ができること、仮眠ができること、という条件を頂いた。さらに、資材にはその美容室が入居する建物の屋上にある小屋、の中にある木造ロフト[fig2]を解体して調達してほしいとお願いされた。僕たちは、早速この木造ロフトを解体し、オーナーが知り合いの近くの立体駐車場に持ち込み、採寸し、資材の総量を把握してから設計を始めた[fig3]。採寸したすべてを図面データ化し、それをコンピュータ上で組み合わせる。屋根があり風も通る立体駐車場は徒歩三分の広々とした工房としても機能し、搬出入にも大変役立った。こうして〈三展の格子〉は出来上がったわけだが、この時ロフトの解体で出た資材からは余剰材も出た。我々はこの余剰材の行く末を考えた。次はどこへいくべきだろうかと。時期を同じくして〈頭陀寺の壁〉[fig4]というインテリアショップのための家具庫の計画が進んでいた。ショップの庭に設けられたこの小さな家具庫は、運送会社に問い合わせ譲って頂いたフォークリフト用の木製パレットの解体材を張り合わせた構造壁を持つ。この構造壁のつくり方は、パレットだけではなくて他の様々なメンバーを持った部材も組み合わせることができる。私たちはここで、〈三展の格子〉で出た余剰材を〈頭陀寺の壁〉でも流用した方が構造的にも安定し、意匠としてもバランスがとれるという判断を下し、プロジェクト同士のマテリアルの流動による連動を試したのである。この二つのプロジェクトのクライアント同士は旧知の仲であり、僕たちとも普段から付き合いがある、クライアントというよりは友人、兄貴、先輩のような存在で、こうした関係性によってもプロジェクト同士の連動、マテリアルの流動はよりスムーズに担保された。

[fig1]
〈三展の格子〉 2011年
©kentahasegawa
[fig2]
〈三展の格子〉に転用された木造のロフト 2011年
©403architecture [dajiba]
[fig3]
工房として利用された立体駐車場 2011年
©403architecture [dajiba]
[fig4]
〈頭陀寺の壁〉 2011年
©kentahasegawa
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〈2〉 渦としてのプロジェクト
RADという京都を拠点に活動する同世代のリサーチグループからインタビューを受けた時に、「403のプロジェクトは地域という海の中で渦のような存在だね」と指摘され、なるほどなと関心したことがある。渦というのは、渦単体だけで存在しない。周囲の海があって初めてその一部として成り立つ。そして、どこからどこまでが渦なのかということがはっきり掴めない。渦の中心から離れていくといつの間にか流れが穏やかな水面になっているのが渦という現象だ。僕たちのプロジェクトは今のところ内装やカウンターテーブルや看板や休憩室や床や壁や天井など、建築物というよりその部分としての構築物であることが多い。しかしながら、設計行為をマテリアルの流動として捉えたとき、そのプロジェクトが持っているあらゆる関係性のネットワークが意識されると同時に、僕たちがつくり出すプロジェクトを通した現象は、その関係性のネットワークに変化を与える。関係性を組み替えたり、つなげたり、あるいは切ったりと、プロジェクトとその回りに存在する様々な関係性の網は、渦とその回りの水面の関係のように刻一刻とその姿を変えながら、その関係性の網のことをあえてコミュニティと呼ぶとするなら、コミュニティにおける特異点として維持されていく。
例えば、僕たちの事務所が入居するこの「渥美マンション」[fig5]は、50年ほど前に建てられたRC造の6階建てで、4階を僕たちが使っているのだが、6階には〈渥美の床〉[fig6]という天井の野縁材を床に転用したプロジェクトがある。このクライアントは、〈三展の格子〉のクライアントでもある美容師さんで、僕たちと同時に入居し、僕たちに寝室の床を御願いしてくれた。この「床」のプロジェクトがきっかけとなり、店舗の休憩スペースとして「格子」も設計することになったのである。また、この美容師さんが退去した後は、僕の高校の同級生が住みはじめ、その友人が今度は同じ住戸内の別の場所に〈渥美の扉〉[fig7]を頼んでくれた。またこの空間には僕らよりも一回り下の+ticという建築ユニットが設計施工した〈FOUNDATION〉[fig8]というプロジェクトもあり、それもこの友人がクライアントになっているものだ。つまりこの住戸の中にはクライアントも設計者も違う複数のプロジェクトが同居しているのである。このようなプロジェクトの連鎖は、この空間に限ったことではなく、浜松の市街地を中心にして、素材と人が偏在するネットワークの渦として確かに起こっていることなのだ。僕たちのプロジェクトは、単なる構築物であることを超えて、渦として、もしその渦がなかったらどうなっていたかに対する想像力を喚起するような存在となることを目指している。その一つ一つの渦は式年遷宮における30余の祭のような存在ということが言えるのかもしれない。

[fig5]
事務所が入居する渥美マンションの外観 2011年
©403architecture [dajiba]
[fig6]
〈渥美の床〉2011年
©kentahasegwa
[fig7]
〈渥美の扉〉2014年
©kentahasegawa
[fig8]
〈FOUNDATION〉 2013年
©yoichirosuzuki
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〈3〉 こわすことから学ぶ
以上のようなこの6年間の浜松での実践は、僕の建築観を大きく醸成した。どこの事務所にも務めずに独立してしまった僕たちは、ほとんど何も知らない状態から建築を始めたので、これが建築であるという前提はほぼなかった。だから何かの気づきを得るたびに、これも建築なのか、あれも建築といえるかもしれないという発見を浜松にあるあらゆる要素からもらったように思う。人からも、モノからも、場所からも、本当に多くを学び続けている。その総体としてもし「浜松さん」という主体を設定できるのであれば、僕の師匠は明らかに浜松さんである。例えば、内装の解体時には、釘抜きとバールだけでこわすことが可能なのだが、そのためにはその構造体が組み立てられた順序を理解して、逆から壊していくと綺麗に、無理なく解体できることを学んだ。廃材の転用がプロジェクトの前提となっていた〈三展の格子〉における木造のロフトや〈渥美の床〉における天井の野縁材を解体する時には、まずその仕組みや大工の痕跡を見るようにした。そうすることで、木造の仕口*1 や継ぎ手*2 の形状、胴縁*3、野縁*4、根太*5 といった部材の名前や役割を覚えたり、釘の頭が何故平たく円形をしているのかや、釘抜きのかたち(角度や長さ、釘を掴む溝の断面形状、重さ)が大変に洗練された知の集積の結果であることを身体で理解した[fig9]。またその仕組みを理解することで、釘を抜くという行為が如何に日常的なものだったかを想像し、木造という構造形式が如何に「動かしやすい」ものとして日本で受容されてきたのかを再確認したのである。

*1 仕口
二つの木材を直角に接合する方法、あるいはその接合部の刻みをいう。
*2 継ぎ手
二つの木材を長さ方向に接合し、材同士を継ぐ方法、あるいはその接合部の刻みをいう。
*3 胴縁
壁の面材を打ち付けるための下地で、柱間に渡す幅の狭い横木。
*4 野縁
天井面材を打ち付けるための下地、格子状になっていることが多い。
*5 根太
床板を支える下地材。

[fig9]
〈頭陀寺の壁〉で利用するパレットの解体風景。パレットの釘は非常に太くほぼ錆びていてとても抜きにくい。2011 ©403architecture [dajiba]
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〈4〉 想像力を二つもつ
「建築」以外の出来事からもよく学んでいる。事務所を始めた当初、少し苦い経験があった。自分で企画した建築のレクチャーが、お世話になっている蕎麦屋さんで行われることになっていたライブの日程と重なって集客の取り合いになってしまい、せっかくのイベントが共倒れになりかけてしまったのだ。自分は街のために良かれと思ってイベントを企画したのだが、蕎麦屋さんの立場での想像力と情報共有が欠けていたのが仇となった。この反省を機に、一つの行為が及ぼす影響にできる限り想像力を働かせようと心がけるようになった。自分の行動や言動の影響は必ず誰かに影響を与えるという前提に立って振る舞う心構えや、誰も不快にさせないような判断の仕方については、商売人の兄貴たちから学ぶことが多い。同じようなことを、建築についても考えるようになった。一つの敷地のなかだけを考えていても、建築全体の広がりにはつながっていかない。敷地内にだけ、浜松にだけ、あるいは自分にだけ、現在にだけ向けられていた想像力を、他の場所や人間や時間にも向けることが大切だ。浜松の市街地がにぎわっていても、その人たちがやってきた郊外や周辺の地域は寂れているかもしれない。移住者が増えて浜松の人口が増えていても、彼らがもともと住んでいたどこかの都市の人口は減っているかもしれない。日本の経済が上向いたとしても、その成長の裏には発展途上国の疲弊があるかもしれない。一つの対象に対して一つの想像力を当てはめるのではなく、同時に二つの想像力を駆使し、そのあいだに立って自分の行動を判断する、そうした想像力の持ち方を僕は確かに浜松の商売人から学んだ。

〈5〉 パラレルワールドを生きる意識
この論考の前半で『なめらかな社会とその敵』に言及した際“自分という実感はどこまでも拡張/伸縮可能なネットワーク空間であり、そうした実感を通したいかなる存在もうつろいいく時間を有している”その意識がこれからの世界観をつくっていくという僕なりの解釈を示した。今認識されるものだけに意識を置くのではなく、その背後に広がるうつろいゆく関係性の網を意識したとする。すると、今認識されている自分や、世界や、建築は、一つの可能性の断面でしかなく、その背後にはうつろいゆく膨大な関係性の網の変化がある。そしてどうやらそれは私たちの想像力を超えて連動する、自然現象のような塊として意識される。この時、私たちが今見ているもの、意識している世界、つくろうとしている建築は、膨大な関係性の中でたまたま立ち現れた可能性の一つでしかなく、それ以外の膨大な可能世界が同時に立ち現れる。あり得たかもしれない世界、価値観を意識下におくことができるようになる。あたかもパラレルワールドを生きるように私たちの価値観はシフトしていくはずだ。僕たちはマテリアルの流動の実践において、度々素材を転用している。賃貸住宅の一室の改修計画〈渥美の床〉では、それまで吊り天井を構築していた野縁材を解体し[fig10] [fig11]、30mmほどの長さの部材にカットして畳が敷かれていた四畳半のスペースに敷き詰め[fig12]床にした[fig6]。それまで天井材だったものを床材に転用したのである。この転用が意味するものは、大げさにいえば、それまで天井だと認識していたものが床になるかもしれないというあり得たかもしれない可能性をこの部材に与えたということに他ならない。自分たちが都市に携わり、建築をつくっていく時に、何らか表現が必要であるとすれば、このあり得たかもしれない可能世界をどれだけ多く表現することができるかを僕は大切にしている。

建築を流動状態として捉えることの実践
/403architecture [dajiba]

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